帽子 (Head Wear)
帽子の起源
ここ何年かで復活の兆しを見せている帽子は、人間生活の始まりと共に変化してきたと云えます。 防寒や日光の直射から大切な頭部を保護するなどの実用を主に生み出され、その類似品や帽子の前身らしき物が有ったことは分かっています。その後、紀元前4千年頃のエジプトでは、王が冠を被り、一般民衆は頭巾を被っていたことから、身分や位を表す印としても使われていたようです。
日本での被り物は、「古事記」や「日本書紀」に冠や笠などの言葉が記されており、中国から入ってきた物とされています。奈良時代には、官制が定められたことで圭冠 が出来、それが発展して烏帽子 になっていきます。 平安時代に入ると日本でも被る物によって身分の階級を表すようになり、公家は立烏帽子を、武家は侍烏帽子を被り、一般の人々は木綿の萎烏帽子で、素材も違うものが使われています。
安土桃山時代になると、ヨーロッパから西洋スタイルの帽子が伝来し、南蛮笠、南蛮頭巾などと呼ばれています。 また綿帽子 は、この時代に女性の被り物となり、現在でも結婚式の際に被っている角隠しは、その名残のものです。
日本製の帽子
明治時代に入り断髪令が施行されたことに伴い、帽子が急速に普及されていきます。当初は輸入品が殆どでしたが、少しずつ日本製の帽子も作られるようになります。ただ当時は、帽子作製のノウハウが乏しかった為、イギリス人技師二人を招致して山高帽の製造を行ったこともありますが、イギリスの国会では輸出奨励に反すると、大問題に発展したという話もあったようです。
日本における帽子の生産地は浅草界隈で、江戸末期まで馬具製造の職人街だった浅草は、皮を鋤くなどの技術や、使用する包丁をはじめとする道具類にも共通する部分が多かった為、帽子製造に適していたと云われています。 また馬具の需要は、侍の時代が終わったことで斜陽の兆しにありましたが、それに対して帽子の仕事は、文明開化の花形産業として脚光を浴びつつありました。帽子の需要が急増すると、他の地域から移り住む職人らもいて、帽子の生産地に変わっていったとのことです。
信濃屋における帽子
昭和初期に紳士の帽子は、全盛期を迎えます。コート、スーツには必ずといって良いほど帽子を被り、紳士のアイテムには欠かせないものになっていました。
当時の信濃屋は、洋服類ではなく洋品雑貨の販売が中心で、写真にもあるように特に帽子の取り扱いは多かったと聞いています。品物は輸入品が中心で、イタリアのボルサリーノやチェコスロバキアのフッケルに、”SHINANOYA”の刻印を入れて展開をしていました。その他、イギリスのジョセフ・ワードやアメリカのステットソンの取り扱いもあったとのことです。
終戦後の昭和24年、元町に店舗を再開した際には、品薄ながら輸入品と国産品も展開していましたが、1960年代に入ってからボルサリーノを本格的に扱っていきます。現在はボルサリーノの他、イギリスのジェームス・ロックや国産のオリジナルでハンチング/キャスケットのパターンオーダーも展開しています。
映画と帽子
ソフト帽/中折帽のイメージをゆるぎないものにした映画といえば、皆様ご存知の『ボルサリーノ』。 1970年に公開されたこの映画は、1930年代フランスのマルセイユを舞台に、ジャンポール・ベルモンドとアラン・ドロンが、当時のギャングスターのスタイルで活躍します。その中でも、ベルモンドのハンチング/キャスケットやソフト帽の被り方は、慣れた雰囲気で粋に感じます。 また1987年公開の『アンタッチャブル』では、茶色のツィードジャケットにキャスケットを被ったショーン・コネリーとスウェードのブルゾンに中折帽を被ったアンディ・ガルシアが印象的です。
帽子のサイズと種類
輸入品はインチ表示が使われ、頭の前後/長径と横/短径の和を1/2にした数字がサイズになります。イギリスとアメリカでサイズが異なるのは、楕円の基準に違いがある為、微差が出るとのことです。 またメーカーや帽子のモデルによっては、多少サイズが異なる場合もあるので、出来れば実際に被って確認することをお薦め致します。 その他、ハード系のボーター/カンカン帽やボーラーは、頭の形自体が合わない場合もあるので要注意です。
【サイズ相関表】
|
54 |
55 |
56 |
57 |
58 |
59 |
60 |
cm |
イギリス |
6 5/8 |
6 3/4 |
6 7/8 |
7 |
7 1/8 |
7 1/4 |
7 3/8 |
インチ |
アメリカ |
6 3/4 |
6 7/8 |
7 |
7 1/8 |
7 1/4 |
7 3/8 |
7 1/2 |
インチ |
トップハット
起源はイギリス、イタリア、中国など諸説あるようですが、19世紀前半から本格的に被られるようになったとのことです。クラウンの高さも3種類あり、ジョン・ブル、ストーブパイプ、チムニー・ポットとそれぞれ呼び名が違います。19世紀中頃には、大きく反り返ったツバの物が流行するなどの変遷があり、現在の形になっていきます。 |
ホンブルグ
シルクハットに次いで、タキシードやディレクターズスーツを着用した際のドレッシーな帽子です。 19世紀の末、イギリス皇太子がドイツの温泉地ホンブルグで流行していた帽子を、自国に持ち帰り紹介したのが始まりで、その後20世紀にはアメリカに渡り、広く一般に被られるようになります。 |
ボーラー
イギリスの帽子業者ウイリアム・ボーラーにより、19世紀中頃に作られた帽子です。 アメリカではダービーと呼ばれ、ダービー伯爵がこの帽子を被り、競馬観戦をしたことから呼ばれるようになります。 |
ソフト
近年、帽子の中ではポピュラーなこのモデルは、普段からでも被り易いこともあり、1930年代頃からボーラーなどのハードフェルトに代わり、流行していきます。 素材は兎の毛で作られたフェルトが中心ですが、ビーバー、グアナコ、チンチラ、ヌートリアなどを混ぜた物も作られています。 |
パナマ
夏場に代表されるパナマハットは、中南米のエクアドルが発祥とされています。エクアドル産のトキヤ草を加工し、手作業で編みこまれ、一点ずつ丁寧に作られます。繊維の細かい高級な物になると、出来上るまでに半年近くの時間を要する物もあるそうです。 |
ハンチング/キャスケット
19世紀中頃から、イギリスで狩猟用の帽子として生まれています。頭の形に合い、ずれにくいことから実用性も高く、乗馬や狩猟などの激しい動きに適していて、安価に生産出来ることから、広く一般の人々が被るようになります。 フランスではハンチングをキャスケットと呼び六枚、八枚はぎでボリュームのあるモデルが好まれていたようです。 |
ボーター/カンカン帽
18世紀末、イギリス海軍のネルソン提督が、円形の麦わら帽を夏の制帽としたことが始まりと云われています。しかし麦わら帽は湿気に触れると柔らかくなるので、帽子にニスを塗って被っていたとのことです。 日本ではカンカン帽と呼ばれ、明治の末頃から流行り始め、大正に入ると洋装、和装問わず被るようになっていきます。 現在では趣味性が強く、一部の方たちに愛用されている帽子の一つです。 |
|
参考文献
・協同組合西日本帽子協会 ホームページ
・東京帽子倶楽部「東京の帽子百二十年史」
・ダン三国の帽子辞典
|